明治31年〜大正元年頃の掛け紙だと思われます。その根拠は2つあり、1つは「停車場」という表記、もう1つは25銭という定価にあります。当時は駅弁の定価は政府によって定められていました。上等辨當が30銭以上になったのは大正2年以降のことです。
この掛け紙は大変貴重なものであり、このサイトをご覧になる皆さまにも興味がおありだろうと考え、所有者であるaqualissさんよりカラーコピーをいただき掲載しています。このaqualissさんの1枚は、現在では非常に入手が難しい駅弁記念物的な価値があります。実は2003年に『SL山陰路』が走ったときの記念駅弁(米吾謹製)の掛け紙。つまり復刻版です。本物は業者である米吾さんが保管しているらしく、そのデザインを昔の上等サイズに印刷したそうです。

下は戦前、おそらく昭和16年以降のもの。停止価格の表示があります。

          

「欲しがりません 勝つまでは」の戦中標語は、子どものイラストと共に用いられていると妙に痛々しいですね。

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