昭和15年頃のものと思われます。
根拠は「堅忍持久」という戦時標語があり、絵柄が比較的地味だと言うことです。
しかし、定価が15銭と、当時にしては安いのが気になるところですが、おそらくこれはいわゆる「銃後弁当」の一種で、つまり戦線の後方で応援する一般国民のお弁当ということですから、おかずも極めて粗末で日の丸弁当に近いものだったのではないでしょうか。戦争拡大前の、ベルエポック期最後の駅弁ということになるかと思います。
ちなみに、当時の普通弁当の定価は20銭、銃後弁当は15銭です。昭和16年以降は国が定めた公定価格や停止価格が圧倒的に増えます。
戻る