大正後期か。

岩見澤駅、冨久屋の「桜めし」こと「とりめし」は、わざわざ「一名」と書いているところがユニークです。

下の「御寿し」にも「御辨當」にも「御壱人前」とわざわざ書いてあります。ということは、二人前以上の駅弁もあったのでしょうか。気になるところです。



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