続いて「きのこ釜めし」。どうせ他の駅の駅弁のように椎茸、シメジ、舞茸など、スーパーでおなじみのきのこ炊きこみご飯だろうと思いきや、これにも度肝を抜かれました。
この日、ご主人は山へ山菜ときのこ採りに行ってしまい会えずじまい。いつもそうなのよ、と女将さんは言いました。その、山で採った、天然物のきのこしか使用していないというのがここの「きのこ釜めし」の特徴です。今時こんなガチンコな駅弁も珍しいです。入っているきのこの名を聞くと、
「えーとね、クリタケ、ナラタケ、マイタケ、ちょっとぬめりのあるチャノメムツタケ、ヒラタケ、…あと何だったかな? あの人は食べられるきのこなら何でも使うから。その日に何が採れたかによっても違うし。マスターが帰ってきたらまた電話して。夕方には山から下りてくるでしょ。…」
なんとも長閑です。そう、それが佐久間。私が教員生活のスタートを切った町でした。しかし、それにしてもこの釜めしも歯ごたえと言い、香りと言い、めちゃくちゃうまかったです。栽培でない、自生しているきのこってこんなにも香りがあって弾力もあるんだなあと思い、感動でふるえがきました。

夜、マスターに電話したところ、他には「ミネシメジ」が入っていたそうです。ほんの少しの鶏肉も入っており、これがまたいい味出していました。
電話ではもう一度聞きました。「ここまでおいしくて、せっかく有名になったのに、本当に今月、今年いっぱいでやめるの もし、テレビで見たんですけど、って来たらどうするの これからも、もっと沢山の人につくってほしいんだけどなあ、」と。マスター曰く、
「ああ、でもね、作らないよ。だって食堂のほうは一切やめることに決心したから。息子も今年高校卒業だし、山野草をみっちり勉強させるんだ。」

そうか、そうなんだ。だとしたら…、あ゛〜、まさに
「幻の駅弁」。こんなにまともな弁当なだけに、細々と趣味程度でいいから、続けて欲しかったです〜。

2003年12月までの予約は0539−67−2785まで。

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「子持ち鮎釜めし」を開けてびっくり。なんと直球勝負です!! 醤油味のさくらご飯の上にまるまる太った子持ち鮎が1尾寝そべっているだけ! あとは何も入ってない。 ああ、佐久間ってこんな町だったな。赴任した時の歓迎会も「熊鍋」だったし…がさつだけど、素朴で、まっすぐで、あたたかな人情の町だったな…そんな思い出が次から次へと甦り、なんとも言えない懐かしさでした。
で、箸でまず骨をとり、鮎の身ををほぐし、ご飯に混ぜます。できたてなので、釜を持つ手が熱いこと熱いこと。フハフハしながら食べました。そして、「んまいっ!!」の一言。まさに絶品です。今まで鮎は何度も食べてきた私ですが、素材をこれ以上生かせない、究極の鮎の楽しみ方だと思いました。こんなにうまいのに、ここまで話題になったのに、どうしてやめてしまうのか、本当に不思議でした。
さて、当日12月5日。女将さんから指示があったので、到着30分前に電話し、釜めしを作り始めてもらいます。私もこの山あいの町は懐かしかったので、佐久間レールパークや佐久間ダム方面にも足をのばしました。そして、ついに到着。下の画像が「あい川」の全景です。右は私の作った掛け紙。2種類に10枚ずつ渡しました。
2003年12月5日購入。
なんと野趣あふれる駅弁でしょう。

元はと言えば11月26日放映のテレビ東京「いい旅夢気分」という番組の中で、女優の東てる美、細川ふみえが上市場駅で「あい川」の女将さんから駅弁を受け取ったことから始まります。これで「あい川」の「子持ち鮎釜めし」「きのこ釜めし」は一躍全国に知られることになりました。
私はこの番組を見なかったのですが、某駅弁サイトの掲示板で知り、え? 上市場ってあの上市場? 「あい川」ってあの「あい川」? と目を疑いました。おおよそ駅弁のイメージにほど遠い無人駅とドライブインだったからです。何を隠そう、私はこの町に5年も住んでいたのでよく知っていたのです。でも、ちょっとうれしい気分で「あい川」に予約をとるべく30日に電話しました。


すると、ご主人が出て、無事に駅弁の予約もし、直接の面識はないものの、田舎なのでどこかで交わりはあります。佐久間の共通の話題で盛り上がった後、市販の箱はあるが掛け紙がない、ということになり、それなら佐久間にゆかりのある駅弁ファンの私が簡単なものを作ろう、ということになりました。しかし、ご主人は喜びながらも、作るのは少しでいいと言う。なぜかと訊ねると、
「もともと11月で食事処をやめようと思っていたのに、テレビで放映されてしまったのでそうもいかなくなった。でも、うちは山野草の商売が全国展開していて軌道に乗っているので、12月いっぱいできっぱりと食堂から手を引く。テレビを見た客がもし釜めしを欲しいと言ってきても、やめてしまうので一切ことわる。だからね。掛け紙はあと5枚ずつくらいでいいよ。」
と、まさに衝撃的な内容でした。せっかくテレビで有名になったのに、その一ヶ月後にやめてしまうのですから。それでは本当に
「幻の駅弁」となってしまいます。